空の玄関口
クラークは1877(明治10)年4月16日、札幌在住わずか9ヵ月で大きな影響を与えて札幌を去った。
石狩国境であった島松駅逓まで学生職員が送り、この中山宅から駅逓所にかけての坂道で有名な「Boys be ambitious(青年よ大志を抱け)」のことばを残して去っていった。
クラークこのとき51歳。
駅逓の取扱人であった中山久蔵50歳で、水稲栽培に成功した頃であったという。
この決別の地を記念して1950(昭和25)年11月発起人代表宮部金吾のクラーク奨学会により、記念碑が立てられたのである。
旧島松駅逓所から国道36号線に沿って約15km南東に、北海道 札幌グルメを楽しむ前に降りた北海道の空の玄関新千歳空港(千歳市)がある。
貨物量・乗降客数が羽田・大阪と並ぶ空港をもつ千歳市は古くから交通の要衝で旧石器時代から擦文時代に至る多くの遺跡がある。
これらの遺跡はたび重なる樽前山の噴出した火山灰層に厚く覆われているため保存課存状態がよい。
美々駅北約500mの台地には美唄塚がある。
道内では最も内陸にあり課存のための施設があって貝層の断面をみることができる。